Henan 2023
鄭州・洛陽 旅日記 Day4- 01
4日目、この日も雨。 まずは宿泊しているホテル、コートヤード バイ マリオット
洛陽のレストランで朝食を頂く。 レストランのブッフェは中華を中心としたホットブッフェで、この地域の名物料理などもあり品数は充分だった。
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ホテルの朝食レストランからの眺め 雨が降っていてどんよりした空です。 |
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夫が作ってもらった麺料理
朝から麺はヘビーな気がしますが、夫は中国のホテルの朝食の場合は大抵麺を食べています。意外とヘビーではないそうです。 |
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私は洋食好きなので、どの国でも大抵こんな料理をとります。
パンだけでなくお粥を食べることもあります。(お粥も好きなので。)炭水化物もりもりです。 |
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河南省の名物料理「胡辣湯(フーラータン)」
唐辛子と胡椒が入った辛いスープです。 |
朝食後は一旦部屋に戻って雨の様子を見ていたけれど、全く止みそうにないので諦めて観光に出掛けることにした。
タクシーで隋唐洛陽城国家遺跡公園内にある応天門遺跡博物館へ向かった。
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応天門遺跡博物館 大きいです |
応天門とは隋の時代605年に建造された洛陽城宮城の正南門で、その後すぐに焼失してしまっていたものが唐の時代に入り再建。それから五代、北宋といった時代を通して500年以上もの間利用されていた格式の高い門だったのだそう。
その遺跡の上に建てられたのが応天門遺跡博物館で、唐の時代の建築様式を模した建物になっている。
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| 博物館前の通りには我♡(愛)洛陽のモニュメント |
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本当に大きな建物です。 前の通りからだと私のカメラでは全体の写真が撮れません。 |
さっそく博物館内を見学する。
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内部は煌びやか
上がっては行けない場所に上がっている子供が写ってしまっているのでモザイクをかけておきました…。 |
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| 壁にはかつての洛陽城が描かれていました。 |
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| 洛陽城応天門の遺構 |
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| 隋・唐の時代の洛陽城の模型 |
博物館を見学した後は隋唐洛陽城国家遺跡公園内の他の建物を見学する。
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隋唐洛陽城国家遺跡公園 正面に見えている建物は明堂
左側の五重塔のように見えるものは天堂 そちらへ向かいます。 |
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| 振り返って先程見学した応天門遺跡博物館を見る。 |
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向かって右が明堂 左が天堂 |
明堂と天堂は同じチケットで見学できる。
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| 敷地内に掲示されていた案内図 |
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それぞれの建物についても詳しく案内図がありました。 左が明堂で右が天堂です。 |
まずは手前にある明堂を見学する。
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明堂の階段を上がった所から再び応天門遺跡博物館を見る。
明堂は応天門から伸びる中心軸線上に建っています。 |
明堂とは古代中国の皇帝が祭祀や政治的な儀式などを行っていた建物のこと。
隋唐洛陽城国家遺跡公園の明堂は、武則天(則天武后)が建てた明堂をイメージして再建されたもので展示施設となっている。 この建物の中心にはかつての明堂の心柱の遺構がある。
武則天は唐の第三代皇帝高宗の皇后となり政治の実権を握り、683年に高宗が亡くなり自身の子たちが皇帝になってからも実権を握り続けた。そして688年に洛陽に明堂を建設し、690年には自ら帝位につき国名を唐から周(他の周と区別するためこの時代は武周と呼ばれている)に改めた。
ちなみに唐の首都は長安(現在の西安)だけれど、武則天が帝位について国名を「周」とした時代(武周の時代)には洛陽に首都が置かれ、その当時は名前も神都と改められていたのだそう。そして武周の時代が終わり国名が唐に戻った時に、この地の名前はまた洛陽に戻されたのだそう。
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隋唐洛陽城国家遺跡公園の明堂
ちゃんとした外観写真を撮っていなかったので、先程載せた写真の明堂部分を切り取ったものです… |
展示施設となっている明堂の内部を見学する。
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これは皇帝が座る椅子の再現でしょうか。 ゴージャスです。 |
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| 建物の中心には明堂の心柱の遺構 |
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| 心柱の基礎の遺構 |
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武周の時代の明堂やその周囲の建物の模型
現在の明堂は平屋ですが、当時の明堂はとても大きく高さもある建物だったようです。 |
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前方のスクリーンと模型に映像が映される展示です。
スクリーンには次の上映時間までの時間がカウントダウンされているので便利です。 |
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このような映像展示室もありました。 映像は洛陽の歴史についてです。 |
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武則天の「周」の時代(武周)の明堂の模型。 武周の時代に一度焼失してしまい、その後また再建されているのだそう。 |
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他の時代の明堂の模型も展示されていました。
これは西漢(前漢)の時代のもの。 |
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| こちらは明の時代のもの。 |
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| これは心柱についての説明 |
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武則天(則天武后)についての説明 この明堂では武則天についての展示が多く見られました。
西安を旅した際にそのお墓を見学しましたが、中国国内様々な場所で武則天の足跡を目にしました。 中国の歴史上唯一の女帝です。 |
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武則天が即位したことなどが記された石碑のようです。 石碑の土台は亀、亀趺というのですね。 |
明堂の内部は様々な展示があって、思ったよりもずっと見応えがあった。
次はその隣に建つ天堂を見学する。
→ 次は、天堂を見学
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