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 Henan 2023

鄭州・洛陽 旅日記 Day5 - 03

この後観光するのは鄭州黄河文化公園という場所で、ホテルからタクシーで1時間くらいかかった。公園の一番手前にある門のところでタクシーを降りてチケットを購入し、そこから公園内を歩いて行く。

この公園からは世界四大文明のひとつである「黄河文明」の黄河を見ることが出来るのだけれど、公園内には「炎黄二帝像」という巨大な彫刻があることでも有名だった。

その彫刻が見えてきました
まだ二帝ではなく一帝ですが
めっちゃ巨大です
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正面に廻ると二帝が見えます…逆光ですが

この巨大な彫刻は中国古代の伝説上の8人の帝王「三皇五帝」の中の炎帝と黄帝の2人の像。「三皇五帝」については諸説あるようなのだけれど、炎帝は農業や医薬の神で、黄帝は中国統治の最初の帝で軍事の神といわれているらしい。
漢民族の祖先とされていて2帝を合わせて炎黄と呼ぶのだそう。

炎黄二帝像
高さは106メートル
目の長さは3メートル、鼻の長さは8メートルもあるのだそう
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この炎黄二帝像は2007年に完成した新しいものなのだけれど、その工事には20年もの歳月が費やされたのだそう。
歴史的なものではないけれどとても壮大で圧巻の眺めだった。

炎黄二帝像の前は広大な炎黄広場として整備されている。 

炎黄二帝像の向かい側にある像も大きい(写真の右端に人が写っているので比較すると大きさが分かります)

こちらの像は中国の歴史上の有名な100人の像

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そのお隣には巨大な建造物
歴史的なものを模しているのでしょうか
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反対側の像

炎黄広場を離れて公園内を歩く。

謎のモニュメント
これも何か歴史的なものがモチーフ?と思っていたのですが、この鄭州で2003年に開催された世界客家大会(世界客属大会)を記念して作られたものなのだそう。

客家(はっか)とは客家語を話し独自の伝統や生活様式をもつ漢民族のひとつの民族のこと。
戦乱を逃れるため華北から南へと移住していった人々で、ルーツはこの中原にあるとされているのだそう。
現在は世界各地へと散っていて、各地の客家団体の関係者が2年に1度集まるのが世界客家大会なのだ。

私達はこの旅行の1年前に行った厦門旅行の際、客家の人々が集って住む土楼を見学しに行っていた。(以前は客家土楼と呼ばれていたのだけれど、そのような家に住むのは客家の人だけではないので現在では福建土楼と呼ばれています。)


2022年に見学した田螺坑土楼群


土楼内部(2022年)

土楼を見学したことがあったので、このモニュメントにちょっと親近感を感じてしまいました。

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さらに進んだところには噴水の中心に置かれた母子像
お母さんは黄河を表していて、その腕の中で眠る赤ちゃんは炎黄の
子孫である漢民族の人々を表しているのだとか。

ここからまた少し進んだ所にロープウェイ乗り場があった。
このロープウェイに乗って黄河を見下ろせる場所まで行くことが出来る。

どこにもピントが合っていませんが…
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大人の場合は定員2人までだったと思います
ロープウェイと聞いていたので、もっと大人数が乗るものをイメージしていましたが…スキー場などにあるリフトよりは安心かも。

ちなみに私が乗ったことのあるロープウェイで一番怖かったのはこちら↓


2004年イタリア
グッビオという町の
鳥かごのようなロープウェイ
立ち乗りです

これと比べたら、今回のものはかなり囲われています。座れますし。

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カラフルなカゴです
ちょっと遊園地の乗り物のような雰囲気

この見た目(遊園地感)から想像するよりもずっと長い距離を移動した。
私は高所恐怖症という程ではないのだけれど、支柱を通過する度にガクンと揺れるので(ロープウェイでは普通のことなのだけれど)ビビッていたのだけれど、緑の山々を眺めているうちに無事何事もなく目的地に到着した。

山の上側のロープウェイ乗り場

私は運動神経・反射神経諸々がダメなのでロープウェイとかリフトとか観覧車とか動いているものに乗り降りするのが苦手なのだけれど、見た目からして苦手そうだったからか、乗り場の係の人がガッツリ支えてくれたので無事に降りることが出来ました。

ロープウェイを降りて少し歩いた所から黄河を眺める。

黄河に架かる橋
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こちらは鉄道橋

ちょっと拡大↓

黄河というと世界四大文明のひとつである黄河文明が栄えた場所。
現在は中国で長江文明など様々な文明が発見されているためそれらを総称して四大文明のひとつは中国文明となっているそうなのだけれど、私が学生だった頃は黄河文明と言われていた(はず…)。
それ以降ずっと不勉強で中国の文明の発祥は黄河流域だというイメージがいつまでもあったのだけれど、この年の春節の成都旅行の際に三星堆遺跡に行き長江流域の古代文明のその古さに驚き、現在は黄河文明を継承したのが長江文明なのではなく、黄河流域、長江流域それぞれで文明が起こり影響しあって独自に発達したと考えられているということを知ったのだ。

歴史に疎いまま何十年も過ごしていたので中国文明といえば黄河という感覚が消えていないこともあり、遠く離れた所から見下ろしただけだけれど悠久の歴史を感じとても感慨深かった。(黄河といえば悠久…ですよね。)
三星堆遺跡の博物館へ行った時は感動したけれど、それとはまた違って黄河を見下ろしているとどことなく哀愁を感じた。

夕暮れどきだから…というのもあるのかも

→ 次も、もう少し山の上から

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