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Spain 2007

旅日記 1日目(2006/12/29)-02

こうして、なんとか無事に離陸した飛行機で出てきた機内食は、私達と一緒で空港で6時間以上熟成されていたのねと思うと微妙な気分だったれど、まぁいつもの機内食だった。

ともに空港で6時間以上待ち続けた同志です

悪天候で遅延したのだけれど、離陸からほとんど揺れることなく順調にパリに向けて飛行していた。
初めての経験をしたからか、若干ハイになっていたらしく、ほとんど寝ることもなく映画を見ていた。「いったい私達って朝起きてから何時間経っているんだろうねー」と言いつつも、それを計算する思考能力もなくなってきていたので、ただぼんやり映画やフライトマップを見続けていた。

もうちょっとでパリ

そうして、長〜い長〜い一日が終わりに近づき、私達の乗った飛行機は、無事シャルル・ド・ゴール空港へ着陸した。
飛行機の中で、『乗り換え予定だった人は、トランスファーカウンターへ行って、振り替え便などの手続きをしてください』というアナウンスがあったので、そちらへと向かった。

カウンターで行なっている振り替え手続きは、年に何度もあることだからか、とてもテキパキとスムーズに行なわれていた。
私達がチケットを見せると、すぐに明日のエールフランスのチケットと泊まるホテルの案内の紙が渡されたので、「他社でいいので乗り継ぎ出来ないかお願いしてあったのだけれど」と聞いてみたものの、「今日の便は終わっています、もっと遅い時間の飛行機は別の空港から出る便ではないでしょうか?もう間に合いません。」という答えが返ってきた。
とっても忙しそうだったので、それ以上食い下がらず、ホテルへ向かうことにした。

といっても、私は最初から聞いたこともない小さな航空会社の飛行機に乗るのは嫌で(この当時は今と比較してかなりの飛行機恐怖症だったので)、明日でいいので予定通りエール・フランスで行きたかったので内心ホッとしていた。(←夫には、完全見破られていて、「今うれしそうな顔したでしょ」と指摘されたけれど。)

その後、預けていたスーツケースを受け取った。
この荷物、本当はそのままバルセロナまで行く予定だったのだけれどパリでおろしてもらえたのだ。
その時は特に何も思わず受け取ったのだけれど、この翌々年、他社の飛行機でまた遅延があって乗り継げずに急遽乗継地で1泊することになった時があったのだけれど、その時は「荷物は乗継レーンにのってるので、出すのに2時間以上かかるから諦めて」と言われた(待って出してもらっている人もいたけど…)ので、ありがたい配慮だったのかもしれない。

こうして急遽泊まることになったホテルへ向かうため、案内してもらったシャトルバス乗り場へと向かった。JALが手配してくれたのはibisというホテルだった。
トランスファーカウンターでもらった紙には、「荷物を受け取った後、ひとつ上の出発階へ上がって、2.10と書かれた扉を出て、シャトルバスの5番に乗る」ととても丁寧に日本語で説明されていたので迷うことはなかった。

ibisホテル
世界各国で見かけるホテルチェーン

空港の周辺にはたくさんのホテルがあって
その中には、私でも
ibisより格上と分かるホテルもいくつかあり
ビジネスクラスの人などは
その『格上』ホテルを
手配してもらっていたようです

とはいえ、天候での遅延なので
手配してもらえただけでもありがたい

シャトルバスを案内通り『ターミナル3 ロワシーポール』という停留所で降車し、ホテルのフロントへ行くと、先程トランスファー・カウンターで案内してくれたフランス人(多分)の職員の男性がいた。
カウンターでは、片言の日本語で「ホテルニハ、ワタシノトモダチガ、イマス(多分別の係りの人がホテルで待機しているという意味)」と言っていたのだけれど、人手不足だったのか、カウンターでの手続きを終えたその男性が、ホテルまで移動して、私達のチェックインを手伝ってくれることになったようだ。
天候での遅延でJALに落ち度がある訳ではないのに、とても丁寧な応対で好印象だった。

ibisというホテルは、大きなホテルチェーンなので、様々な国で看板だけは見たことがあり、駅前などにあるビジネスホテルという印象だったけれど、ロビーは広々としていて、悪くない印象だった。(けどまぁTheビジネスホテルでした。)
フロントでチェックインの手続きを待つ間、先程の空港の係りの男性が「夕食・朝食アリマスガ、電話代ハ、ダメデス」と説明してくれた。
それまでずっと、ホテル代は自腹だと思っていたので、「えーっ、ホテル代って払ってくれるんですかーっ?」と驚きの声をあげてしまった。
空港にいた初期段階では「ホテルの手配は出来かねます」と言われていたのだから、私達が高度何万フィートで映画を何本か見ている間に、ものすごい厚遇に変化していたのだ。
一時はシャルル・ド・ゴールでぽ〜んと放り出されるかもしれないと心配していたのが、ホテルの手配もしてもらえて宿泊代も負担してもらえるのだから、安ホテルでも何でも文句はないという気になった。(単純。)

ホテルの部屋からの眺め・・・空港が見えます
真っ暗ですが、翌朝の8時頃に撮った写真です

その後、チェックインを終え、夕食と朝食の食事券をもらった後、ロビー階にあった公衆電話から(携帯を海外に持って行っていなかった時代なので)、バルセロナの予約してあったホテルに電話をして今日は到着できない旨を伝えた。
連絡なしで不泊してしまったら残りの予約もキャンセルされてしまうかも・・・と思ったので、今日は飛行機の遅延で到着できないけれど、明日からは予定通り宿泊しますと伝えると、向こうのホテルの対応は事務的で「今の時間だとキャンセル料は100%かかってしまう」という説明があり、こちらがそれは了解していると答えると、「では明日。」というだけで会話が終わってしまった。
「飛行機が遅れて大変でしたねー」「雪が降ったんですか?」なんて会話があるかな?と身構えていた夫は拍子抜けしていた。

とりあえず、パリでしないといけない手続きは完了したので、部屋へと向かうことにした。

部屋の扉を開けると、ド〜ンとベッドが置かれているのが目に飛び込んできた。
ド〜ンと言っても、もちろんベッドが大きい訳ではなく、部屋が狭いので、部屋のスペースいっぱいにベッドが置いてあるといった感じだった。
ということは、バスルームもまたものすご〜く狭く、そこには、洗面台の他にユニット式のようなシャワーブースが置かれているだけだった。
疲れもたまっていたので、のんびり湯船につかりたかったなぁとも思ったけれど、天候による遅延でホテルを手配してもらえただけでもありがたいと思った、あのセントレアでの純粋な気持ちを思い出し、「ま、まぁね、その上タダだしね…」と笑いあった。

その後、それ程お腹は空いていなかったけれど、このまま寝るには落ち着かなかったので食事をすることにした。(お食事券ももらっているし。)
チェックインの際にフロントで、この券はどこで使えるのか聞くと、フロントの反対側を指差していたのでそちらへ向かうと、レストランがあった。
そこに入って、食事券を見せて「これってここで使えるんですか?」と聞くと、「ここではなく、隣のお店でしか使えません」という答えが返ってきた。
フロントの人が指差していたと思っていたレストランの、さらに奥にもう1軒お店があったのだ。

そちらはレストランというより軽食スタンドといった雰囲気で、セルフサービスのお店だった。
食事券に手書きで数字が書かれていたのだけれど、私達がもらったのは安いバージョンの食事券だったのだ。…まぁ、タダだしねぇ…。

お店の入口にあった説明を読むと、前菜+主菜+デザート+飲み物を1つずつ選ぶという方式になっているようだった。
前菜にはチーズなどの他、コンビニで売っているようなサラダがあって、主菜では、サンドウィッチやチンして食べるパスタなどが置かれていた。そしてデザートはヨーグルトやパックに入ったシロップ漬けのフルーツが置いてあり、全体的にコンビニで売っているようなものという印象だった。ということで、もちろん持ち帰りも可なのだけれど私達はここで食べることにした。(部屋は狭いし。)

それぞれ食べ物を選んでレジに行くと、パスタなどの料理はお店の人が電子レンジで温めてくれて、パックからお皿にうつしてくれるというシステムだった。
(冷たいまま食べるものは、お皿などには盛らずパックのまま。)
温かい料理はお皿にうつしたあと、パセリを散らして手を加えてくれてあったけれど、味はレトルトなので想像した通りの味だった。(まぁタダだしねぇ…。もう少しおいしいものが食べたかったら自腹でレストランに行けばいいのだから。)

冷たいもの系(前菜とデザートと飲み物)

.

温かいもの系
(見るからにアレですが…)

食後、部屋に戻って順番にシャワーを浴びることにした。
アメニティーはボディーソープと固形石鹸のみだったけれど、スーツケースを出してもらってあるので、自分が持ってきたシャンプーなどが使えたので問題なかった。
タオルはバスタオルのみだった。(まぁ1枚あれば十分か。)

私が先にシャワーを浴びたのだけれど、シャワーを浴びた後にドライヤーがないことに気付き、夫にフロントまで借りに行ってもらった。
ドライヤーは自分でフロントまで取りに行って、翌朝は、部屋に置きっぱなしにするのではなく、自分でフロントまで持って行くという方式になっていた。(今は改善されているかも。最新の情報を確認してください。)

こうして、本当に長い長〜い一日が終わった。
バルセロナまでたどり着くことが出来なかったけれど、飛行機が遅延したことにより起こる様々なこと、過程を知ることができ、滅多にできない貴重な体験で、今思えば面白い経験だった。まぁ、こういうのも1回くらいなら悪くないかも。(もちろんもう二度と嫌だけれど!)←と、旅行直後に書いていたけれど、前述の通り、その2年後にまた遅延にあって、その日に乗り継ぎできなかったことがありました。(その時は帰国便だったけれど。)

→ 次は2日目、やっとバルセロナに向かいます

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