Spain+Tangier 2012旅日記 3日目(2011/12/25)-03こうして無事フェリーを降りアフリカ大陸に初上陸となった。 しかし、この前年の5月からアルヘシラス発着の船は、タンジェから40km以上離れた所にある新港Tanjer Med(タンジェ・メッド)発着に変更になっていた。 この新港からタンジェの町中までは無料のバスが運行されているということだったので、船を降りた所にいた係の人に「バスは?」と聞くと、「あそこだよ」と長距離バスのようなバスが数台停まっているほうを指差してくれた。
指差された大きなバスに近づくと、それぞれのバスに既にたくさんの人が乗り込んでいた。私達より先に下船した人はそんなに多くないはずなので、アルヘシラス以外の町から来た船の人だったのかもしれない。 バスの廻りにいた係の人にどのバスがタンジェ行きかと聞くと、「タンジェ?ここはタンジェ・メッドだけど?」という感じで不思議そうな顔をしているので、もう一度タンジェの中心へ行くバスは?と聞き直すと全く違うほうを指差した。 そのシャトルバスに乗る前に近くにいた係の人に「タンジェ?」と確認するとフランス語で「ウィ」という返事が返ってきた。しかしまたその人も続けて何かを長々と説明してくれるのだ。 ここでふと頭の中に浮かんだ「乗り換えるのかな?」という言葉を日本語でつぶやくと、その係の人達は「ウィー、ウィー。ノリカエル、ノリカエルン」と日本語(?)で答えてくれた。「そうか乗り換えるんだ」と夫に向かって言うと、係の人達も満足そうに「ウィ!ノリカエルン、ノリカエルン。」と繰り返していた。
ここで話が完全にかみ合っていたのかは分からなかったけれど、言葉が分からない私達に対して本当に一生懸命に説明してくれたのでありがたかった。
こうして乗ったシャトルバスはほんの少し走行しタンジェ・メッドの港の建物前に到着した。このようなシャトルバスでタンジェの町中まで40km以上の距離を移動する訳はないのだ。やはり「ノリカエルン」で合っていたのだ。
今まで国際線の船に乗ったことがなかったこともあり、船を降りたらそこから直接町に行けると思い込んでいたのだけれど、実際は一度このような港の建物に入って何か手続きを経て町に出るようになっているようだった。 やっと色々なことに合点がいき、シャトルバスを降り建物内に入った。(…でもさっきの船の前に停まっていた大型バスに乗っていた人達はなんだったんだろう?やはり正解が分からない。)
この建物の中にはちゃんとした入管の窓口があったけれど、今下船している人は既に入国審査済なので窓口は無人で素通りできるようになっていた。 建物の外に出るとバスが1台停車していた。 その後バスに乗りこみホッと一息ついていると、その男性もバスに乗り込んできて私達の横に座り「今日のホテルは決まっている?」と聞くので「予約してある」と答えると、明日はタンジェにいるの?観光するの?観光案内してあげようか?いつ帰るの?船の切符買ってあげようか?と次々と質問を投げかけてきた。
どうやらこの人はタンジェの町にいるという強引にガイドをしてきて後でお金を要求するという『自称ガイドさん』の一人だったようだ。 この後バスはほぼ満席となり『自称ガイドさん』を乗せずに出発した。
バスの乗客はみな知り合いということもないのだろうけれど、ずっと賑やかに話し声がしていて、全く分からないアラビア語が心地よくウトウトしていると1時間弱でタンジェの街中らしき広場に到着した。
こうしてマラガを出発してから9時間後に無事ホテルに到着することが出来た。 今回タンジェで泊るのはエル・ミンザ・ホテル(El Minzah Hotel)という5つ星ホテル。
ホテルに着いた時点で、こちらの時間で22時を過ぎてしまっていた。(スペインとの時差は1時間。) 気分が高揚していたのでビールかワインでも飲みたかったけれどアルコールは置いてなかった。(タンジェでもアルコールを扱っているレストランもあると思いますが。)
ホテルを出て最初に目に入ったお店に入ったけれど、こんな時間なのにちゃんとした料理が食べられて良い夕飯になった。 この日は結局移動だけで終わってしまった。 とはいえ喧噪の中にずっといてクタクタだったので、食後はまっすぐホテルに戻ってすぐに寝ることにした。 |