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Helsinki+Baltic States 2024

ヘルシンキ・バルト三国 旅日記 11日目 - 03

リトアニアの首都ヴィリニュスに建つ聖アンナ(聖オノス)教会を見学する。

聖アンナ(聖オノス)教会
中央奥に見えているのは別の教会で、左側のゴシック様式の建物と右側の鐘楼が聖アンナ(聖オノス)教会です

聖アンナ(聖オノス)教会は1495年から1500年にかけて建設されたローマ・カトリック教会。
その後火災などの被害を受けて再建されることもあったのだけれど、現在も当時の外観とほとんど変わっていないのだそう。
33種類以上の異なった形のレンガを用いた印象的なファサードで、後期ゴシック建築のひとつであるフランボワイヤンと呼ばれている建築様式になる。
このフランボワイヤンとはフランス語で燃え上がる炎という意味で、その装飾が炎のように見えるためこの名で呼ばれるようになったのだそう。

聖アンナ(聖オノス)教会
ファサード
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使用されているレンガの一部が展示されていました

繊細な装飾が施され赤く塗られたレンガでできた外観はとても美しく、1812年フランスのロシア侵攻の際にヴィリニュスに入城したナポレオンが、この教会を見て「フランスに持ち帰りたい」と言ったという話が伝わっている。

教会に隣接して建っている鐘楼は1870年代に建造されたもの。

聖アンナ(聖オノス)教会の鐘楼
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教会内部
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聖アンナ(聖オノス)教会を見学した後は、その奥に建つ別の教会も見学する。

聖アンナ(聖オノス)教会と鐘楼の間の通路から見上げた聖アンナ教会の尖塔
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聖アンナ(聖オノス)教会
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聖アンナ(聖オノス)教会の建物と鐘楼の間を進むと、奥の教会の門があります

この門の先に建っているのが聖ベルナルディン教会になる。

ここはアッシジの聖フランシスコが創設したカトリックの修道会(フランシスコ会)の修道士が、15世紀半ばにヴィリニュスに着き創設した教会と修道院でアッシジの聖フランシスコ教会とも呼ばれている。
当時は木造の教会だったのだけれど、火災で焼失してしまい16世紀になりレンガ造で再建された。

ソ連占領時代には教会は閉鎖され倉庫などとして使われていたのだけれど、1994年に聖フランシスコ修道会が再び教会を取得している。

聖ベルナルディン教会
上部中央にはイエスキリスト像
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木製の祭壇が並ぶ教会内部
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主祭壇
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説教壇
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パイプオルガン
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礼拝堂
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礼拝堂の天井
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礼拝堂の祭壇
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ハート型のオブジェ
吊るされているのは白い折り鶴
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これで聖アンナ(聖オノス)教会と聖ベルナルディン教会の見学を終えて、昼食のために旧市街の中心へ戻る。

聖ベルナルディン教会から見た聖アンナ(聖オノス)教会の鐘楼
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旧市街の中心へ向かう途中に建っていた建物
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後年の外壁の塗装により塗りこめられてしまっていたかつての外壁をあえて見せるデザイン
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この旅の最初の訪問地であったヘルシンキは、8月とはいえ薄手のコートを着てちょうどよいくらいの気温だったのだけれど、バルトに入って南下するに従い少しずつ気温も上昇していき、この日はこの旅行で最も暑く感じる気温だった。
天気予報の最高気温は30度まではいかなかったと思うのだけれど、暑さが超苦手なので、ずっと外にいて歩いていると汗をしっとりかくくらいだった。

この日の昼食は特に決めていたお店はなかったので、旧市街のメインストリートをレストランをのぞきながら歩き、大聖堂の近くまで行った所に適度に賑わっていて雰囲気の良いお店があったのでそこに入ってみることにした。
Greyという名前のレストランで内装などもグレーを基調としていた。ここは夫が事前に調べた際の候補のお店の1つで、ガイドブックにも載っているお店なのだそう。

お店の外にも多くの席が置かれていて気持ちよさそうだったのだけれど、私たちは暑かったのでクーラーの効いた店内の席に座った。

まずは飲み物
この旅の定番アペロール・スプリッツァー

オシャレレストランだったようで、オレンジだけでなくドライフルーツ(黒いライム?)も添えられていました

暑かったので一気に飲み干してしまい、2杯目は白ワインのグラスを頼みました

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リトアニア名物ビーツの冷たいスープ
ビーツとケフィア(ヨーグルトのような発酵乳飲料)で作られるスープです
私はこの旅で訪れたリガで初めて飲みましたが大好きな味でした

ジャガイモを添えるのが定番だそうです

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キノコのチーズリゾット

あまりお腹が空いていなかったので、料理は二人でこの2品しか頼まなかったのだけれど、どちらもしっかりとした食べ応えだったのでお腹いっぱいになった。
涼しい店内で休めたし、とても良い昼食になった。

食後はこのレストランの近くに建つ大聖堂を見学しに行く。

こちらは大聖堂のとなり(裏手?)に建つリトアニア大公宮殿

リトアニア大公宮殿は今回外から見ただけなのだけれど、現在は博物館になっている。
15世紀にリトアニア大公の宮殿として建設されたもので、ヴィリニュス城の下宮(下の城)の中心として増改築を繰り返し発展し、様々な式典やオペラなども上演されていた。(ちなみに上の城は聖ヨハネ(聖ヨノ)教会の鐘楼から見えていた塔が建っていた丘の上にありました。)

大公宮殿は1655年のロシアの侵攻により破壊されてしまい、そのまま放置されていて、19世紀初めロシアに占領された後すぐに取り壊されてしまい跡地は長い間庭園となっていた。
リトアニアがソ連から独立した後には、この宮殿を再建する計画が起こり、敷地内から出土した考古学的な遺物を中心とした展示を行う博物館として再建されることとなり、2013年に開館している。(けれど見学しませんでした…。)

リトアニア大公宮殿前から見た大聖堂

この後はヴィリニュスの大聖堂を見学する。

→ 次は、大聖堂

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