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 Taiwan 2025

台湾 旅日記 4日目 - 01

4日目、この日は一日台南で過ごす。
まずは宿泊しているホテル、シャングリ・ラ ファーイースタン 台南で朝食を頂く。

ホライゾンクラブラウンジが利用できるカテゴリーの部屋に宿泊している場合、24階にあるホライゾンクラブラウンジか10階にあるレストランのどちらでも好きなほうを利用することができるので、10階のレストランを利用することにした。

レストランの朝食ブッフェは、中華と洋食を中心に和食など各国料理があり品数は多かったし、会場となるレストランもとても広かった。
以前(7年前)泊まった時にもこのレストランで朝食を頂いたのだけれど、その時はランチョンマットの紙にレストランの見取り図が印刷されていて、どこに何系の料理があるか書かれていて便利だったのだけれど、今回は普通のPVCのランチョンマットになっていた。

ベーコンやチーズといったどの国でもあるようなものを取ってしまいますが…和食コーナーにあったおいなりさんと蒸し物コーナーにあったサツマイモも取ってみました

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こちらは夫が取った料理
夫もまぁ珍しくないもの中心です
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夫は中国や台湾では大抵麺料理を作ってもらいます
以前は朝から麺は食べられないなぁと言っていたような気もするのですが、いつの間にか定番になっていました
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私はお粥にしました

たっぷり朝食を頂いた後は一度部屋に戻った。

せっかくスイートにアップグレードしていただけたのだけれど、広すぎてなかなか活用できません…
昨晩は広いリビングルームは寒くて早々に寝てしまいました(前日までは台南も珍しく寒かったそうなので、普段だったら部屋が寒いということはないのかも…実際この日の夜は寒くなかったですし)
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ウェルカムフルーツもなかなか食べるタイミングがありません…

部屋でちょっとだけ休んだ後は観光に出掛ける。
この日もロビー階に降りてから配車アプリで車を呼んだ。

この日最初に見学するのは安平という地域。
安平とは大航海時代の17世紀、オランダが台湾を統治していた時期に開拓された町で当時の行政の中心地となっていた場所。
台湾島で最も早く発展した地域の1つで、かつては大員と呼ばれていて、後に台湾(台湾語だと発音が似ているようです)と表記されるようになり、これが台湾島全体の名称になっていったのだとも言われていているらしい。

タクシーを安平天后宮の前で下車した。

安平天后宮の立派な門
門を入ると広場がありその先にお堂があります

安平天后宮とは航海や漁業の守り神である媽祖を主に祀る廟。台湾最古ともいわれている。
この廟に祀られている媽祖像は、1661年に当時台湾を占領していたオランダと戦うために、アモイを出港した鄭成功率いる船隊が海の守り神として船にのせ持ち込んだという説もあり、鄭成功の称号である「開台」がついた開台天后宮とも呼ばれている。

安平開台天后宮
お堂の入口には聖母安潤と書かれています

お堂の中にはお線香が置いてあり、お参りの仕方も書かれていた。
寄付をして(金額の指定があったかは忘れてしまいました…)お線香をいただき説明の順番でお参りした。

お参りをした後は、安平古堡を見学する。

安平古堡

安平古堡とは、オランダ東インド会社が台湾へ進出した際に築いた城跡。
台湾最古の城で1624年から建設が始まり1634年に完成していて、その当時はゼーランディア城と呼ばれていた。

その後1661年に鄭成功が率いる軍隊がゼーランディア城を攻撃し、翌年1662年にゼーランディア城は陥落している。
鄭成功はオランダの占領者たちを追放し鄭氏政権を樹立し、この地を安平と名付けゼーランディア城跡を整備し安平城とした。

鄭成功はこの1662年に熱病にかかり亡くなってしまうのだけれど、その子と孫があとを継いでいて、その間安平城は鄭氏の居城として使われて「王城」と呼ばれていたのだそう。

鄭成功像がありました

鄭成功のお母さんは日本人で、現在の長崎県平戸で生まれていて、7歳までは日本で過ごしていたのだとか

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数年前にアモイを旅した際に行ったコロンス島にも巨大な鄭成功像がありました↓

コロンス島の鄭成功像は台湾の方角を向いて建っています

鄭氏政権は22年という短い期間しか続かず、1683年に清軍に攻め滅ぼされた後は城も荒廃していった。

そして日本統治時代には、残されていたオランダ風の建物が壊されてしまい、新しい建物が建てられ税関の宿舎として使われていたのだそう。

戦後は安平古堡(古堡の「堡」は小さな城や砦などの意味)と名付けられ、日本統治時代に建設された建物も博物館や展望台として利用されている。

日本統治時代に建てられた建物
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階段を上がって展望台へ行ってみます
この建物は1945年に見張り台として建設されたもので、1975年に展望台が新たに設けられたのだそう
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展望台からの眺め
大砲が見えますが、これは日本統治時代に他の場所から移設し観賞用として設置したものだそうです

この後は安平古堡内に残る城壁を見学する。

城壁跡
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ガジュマルの木
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半円形の城壁跡と古井戸

これで安平古堡の見学を終え、次の観光名所へ移動する。

安平古堡を出た所からも、現在は展望台になっている日本統治時代に建てられた建物が見えます
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近くの公園の入口にあった案内板
ガジュマルがモチーフでしょうかね?
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その公園の前にも鄭成功像
当時の正装なのでしょうか、肌の色もあってちょっと南国風です

次は安平樹屋という場所を見学する。
台南では様々な庭や街路樹でガジュマルを多く見かけるけれど、こちらはガジュマルの木が成長し建物を覆いつくしていて観光名所になっている。

もともとこの場所は19世紀後半にイギリス人が開設した徳記洋行という貿易会社の土地で商館と倉庫が建てられていた。
その後日本統治時代にこの場所は日本の会社の事務所と倉庫となっていたのだけれど、倉庫は使われなくなり周囲に植えられていたガジュマルが倉庫を覆いつくしてしまった。

現在はその木々の間に通路が整備され、廃墟となった建物の上からもガジュマルの木々を見下ろすことが出来る。

倉庫を覆いつくすガジュマルの木
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ガジュマルの木の枝から出る気根(地上部にある根)の多さに驚かされます
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建物の上に設けられた通路に上がって、建物や木々を見下ろすこともできます
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建物の上にある通路
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建物の上につくられた通路へ上がるための階段の見下ろし

ガジュマルの木に覆われた建物というとカンボジアのアンコール遺跡群にあるタ・プロームなどが有名で、それら程の迫力はなかったけれど、この台南の安平樹屋は100年ちょっと前まで使われていた建物だと思うとガジュマルの木の生命力には驚かされる。

ちなみにタ・プロームには20年以上前に行ったことがあるのだけれど、昔過ぎて自分が撮った写真はこんな写真しか残っていなかったのですが…↓


タ・プローム/2002年訪問時

安平樹屋も数百年後にはこうなるのでしょうか

安平樹屋の敷地内には徳記洋行の商館として建てられた白い洋館が残っていて、内部は台湾の歴史を展示している博物館になっていたのでそこも見学した。(美しい建物だったのだけれど、この写真は撮っていませんでした。)

この後は休憩も兼ねて、近くにある豆花のお店へ歩いて向かう。

→ 次は、豆花

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